にほんブログ村 オヤジ日記ブログ 50代オヤジへ←よかったらプッシュお願いします

2009年11月7日奈良「南円堂」訪問

image.jpg

ポカポカ陽気にさそわれて、奈良興福寺境内にある南円堂の一言観音様に一言お願いにいってまいりました。

朝10時だというのに多くの観光客がそれぞれに観光を楽しんでおられました。来年は平城遷都1300年祭だからでしょうか、普段の休日の3倍くらいの人手でした。また、あの有名な阿修羅像が東京等の地方巡業から戻ってこられたことも影響しているのでしょうか?



興福寺(こうふくじ)は、奈良県奈良市登大路町(のぼりおおじちょう)にある、南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院である。南都七大寺の一つに数えられる。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺である。古代から中世にかけて強大な勢力を誇り、鎌倉・室町両幕府は大和国に守護を置くことができなかった。南円堂は西国三十三箇所第9番札所である。「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。

南円堂
南円堂(重文)は弘仁4年(813年)、藤原北家の藤原冬嗣が父・内麻呂追善のため創建した。現在の建物は寛政元年(1789年)の再建である。創建時の本尊は、もと興福寺講堂に安置されていた不空羂索観音像であった。この像は天平18年(748年)、その前年に没した藤原房前の追善のため、夫人の牟漏女王、子息の藤原真楯らが造立したものであった。堂は西国三十三箇所の九番札所として参詣人が絶えないが、堂の扉は常時閉ざされており、開扉は10月17日の大般若経転読会という行事の日のみである(2002年秋、2008年秋に特別開扉が行われた)。

木造不空羂索観音坐像(国宝)−運慶の父である康慶一門の作で、文治5年(1189年)に完成。坐像で高さ336センチの巨像である。
木造四天王立像(国宝)−鎌倉時代の作。この四天王像は南円堂本尊の不空羂索観音像と同様、運慶の父・康慶一門の作であると長らく信じられていたが、20世紀後半の研究の進展により、現在中金堂(仮金堂)に安置されている四天王像が、もと南円堂にあった康慶作の像であり、現・南円堂の四天王像は他の堂から移されたものであることが明らかになっている。


091107_094349.jpg
posted by 鹿 at 15:23 | 日記


div>